盤上ではなく駒台に注目すべき点があった。羽生は角と桂馬を持ち駒にしているのに対し、藤井には金と四枚の歩しかない。「駒得は裏切らない」の格言があるように、より強い駒を多く持つ方が有利に勝負を進められるのが将棋の常識だ。ところが、藤井は金と引き換えに角と桂馬を渡してでも羽生を「歩切れ(持ち歩がない状態)」に追い込むことを選んだ。歩は最も弱い駒だが、棋士が指す将棋では攻守の技を掛ける時に最も重要な駒になる。
「私の感覚だと、角桂と金の交換は相当に得な気がします。しかし、あの局面で駒損をしている方が戦えてしまうのが現代感覚なんですね。前の世代はあのような形は選びませんでしたが、指されてみるとまとめにくい。指していて驚きでした。最近のスピード重視の傾向が顕著に現れた将棋だったと思います」