COVID-19用のワクチンの開発を難行にする要素がもうひとつある、と言う。それは「免疫増強」と呼ばれるものだ。1960年代にNIH(米国立衛生研究所)の科学者は、RSウイルス(RSV:respiratory syncytial virus)に対するワクチンを開発していた。よくある伝染性ウイルスで、乳幼児の風邪の原因のほとんどはこれだ。臨床試験の際に、ワクチンを投与された子どもの一部は、後日、野生のRSVに感染したときに重症化した。ワクチンによって過剰な免疫反応が出てしまい、体に大きなダメージを与えたのだ。2人の子どもが死亡した。
数十年後にSARSが登場したとき、ホッテズら研究者はそのワクチン開発に取り組んだ。だが、実験動物による初期のテストで、警告が出ているのを発見した。実験動物の免疫細胞が肺を攻撃し、RSVの臨床試験で記録されたようなダメージを与えたのだ。「免疫増強反応の可能性があるので、コロナウイルスの研究コミュニティの全員は方針を変えました」とホッテズは言う。彼のチームと協力するニューヨーク血液センターの研究者は戦略を変更し、スパイクタンパク質を丸ごとつくるのではなく、そのごく一部をつくることにした。結合ドメインと呼ばれるヒト細胞にくっ付いている部分だけをつくるのだ。ホッテズによると、このアプローチによって動物にとって望ましくない増強が起こることはなく、免疫系による保護が働いたという。