ギリシャは、2009年に「ギリシャ危機」に直面した。
ギリシャは1981年にEU加盟が認められ、2001年にユーロを通貨として採用した。ユーロを採用したことで、ギリシャの長期金利は1993年の時点で23.7%であったが、2001年には5.3%、2005年には3.6%まで低下し、フランスやドイツなど海外金融機関からの借入が容易となった。
ギリシャでは、総選挙で勝利した時の政権が選挙功労者を10万人規模で公務員として採用したために、公務員が約500万の労働人口の4分の1に上っていた。加えて、所得代替率94%とという手厚い年金制度もあり、国民は比較的豊かな生活を営んでいた。
しかし、2009年10月、新民主主義党(中道右派)から全ギリシャ社会主義運動(左派)に政権交代が起きたことで、GDP比で数%程度とされていた財政赤字が、実際には13.6%であることが明らかになる。ギリシャの債務危機が顕在化したにもかかわらず、新政権のリーダーは危機に際して楽観的であった。発表された財政健全化計画が厳しさに欠けたことでギリシャ経済に対する不安感は助長され、同国の国債は格下げされた。
その後、IMF(国際通貨基金)やEUが金融支援を決定したものの、その条件には付加価値税の引き上げ、年金改革、公益事業の民営化、公務員給与の削減など厳しい緊縮財政・構造改革を求めた。それらの条件の受け入れに反対する大規模なデモや暴動が頻発し、国内の政治的混乱が続いた。