何年か前に、東京で電車に乗って本を読んでいたら、きれいな女性がやって来て、「村上さんですよね」と声をかけられたことがあります。「はい、村上です」「あなたの小説の大ファンなんです」「ありがとうございます」「どの本もみんな読んでいるんですよ、作品のどれをとっても素晴らしい」「ありがとう。お言葉に感謝します」。
そんな話をした彼女ですが、「でもやっぱり、デビュー作が一番好きです。あの作品がベストじゃないでしょうか」「あ、そうですか」。すると彼女は、「あとは悪くなるばかりです」と答えました。まあ、自分への批判には慣れているほうです。だけど、それは違うかな。よくなっている、と自分では思います。この40年間、よくなるよう努力し続け、それが実ったと思っています。