「真の価値」という概念がどれだけ根拠に乏しいかということを端的に示したのが、かの有名な「マクドナルド・コーヒー事件」です。製造物責任法を制定する動きの中で、制定に反対、または内容を制限する論拠としてよく取り上げられたことで、日本でもよく知られている事件です。そのような背景があるので、日本ではその背後に存在する事情までは伝わっていなくて、曲解されているところもあるようですね。初めは、11,000ドルの治療費ことから20,000ドルの賠償額を請求したのが発端です。賠償請求できるかはおいておいて、交渉の過程で減額されることを考えると当初の提示額は常識の範囲内と言えるでしょう。原告側の過失に過ぎないとしか思えない当事件で賠償請求となったのは、高額な治療費の支払いに窮して賠償請求に走るしかなかったという話が、最近の米国医療制度改革の議論の中で出てきて、なるほどと思いました。ここで、治療費±α程度の額で妥結できていればこのような大事件にはならなかったのですが、マクドナルド側の回答は治療費の額から程遠い800ドルというもの。そこで、結果として世間から大きな注目を集めることになる訴訟へと向かうことになりました。そして、本事件の原告側弁護士の使ったある心理学的な手法が大きな効果を発揮して、陪審員が高額な賠償金額を支払いを命ずる判断へと向かわせることになりました。

陪審はまるで催眠術にかかったかのように、二九〇万ドル近くの賠償金をリーベックに与えた。補償的損害賠償が一六万ドル、さらに懲罰的損害賠償が二七〇万ドルだった。陪審が判断をくだすまで四時間かかった。伝えられるところでは、九六〇万ドルの賠償を認めるべきだとする陪審員が数名いて、他の陪審員たちがそれをなだめなくてはいけなかったのだという。

たいていのアメリカ人もそうだったが、裁判官のロバート・スコットも、陪審の出した損害賠償額は常軌を逸していると考えたらしい。懲罰的損害賠償は、ばっさり四八万ドルに減らされた。

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