かわって正妻の座についたのが、卞(べん)氏。この時代の女性としては稀有なことに生年の記録があり、曹操より5歳年下である。もとは歌妓だというから酒席などで見初められたのだろう。側室になったのは20歳のときで、黄巾の乱(184)以前ということになる。丁氏は身分の低い彼女を粗略にあつかっていたが、卞氏は正妻となったあとも仕返しをすることはなかった。どころか、四季折々に丁氏へ贈り物をとどけ、対面する機会にはつねに上座へつかせたという。この配慮がかたちだけのものでなかった証に、丁氏が亡くなった折は曹操に願い出て手厚く葬っている。
卞氏は質素な女性だったが、曹操から贈り物を受けとるときは、いつも中程度の品を選んだ。そのわけを聞かれると、「上等のものを取ると欲が深いと思われますし、下のものを取ればわざとらしいと見られるからです」と応えたという。機微を心得てみごとというほかなく、ついに王后(魏王・曹操の妻)の位へ就いたのもむべなるかなという気がする。