イケアはスウェーデンで最も有名な輸出品の一つだが、1980 年代初期以来、厳密に言えば法的にはスウェーデン企業ではなくなっている。イケアはスカンジナビアのデザインをアジア価格で販売することで有名になった。小売業者としては珍しく、あまりつまづきもなしに国際展開を続けている。そしてイケアのブランドは、すっきりしたエコロで魅力的なデザインとお値打ち価格で知られているが、開店以来の 50 年でその威光は増すばかりとなっている。
イケアグループ全企業の親会社――全世界 235 店舗あるイケアのうち 207 店のオペレータ――はインカ・ホールディング(INGKA Holding B.V.)で、オランダで登記されている非公開企業となっている。そのインカ・ホールディングは、スティヒティング・インカ財団(Stichting INGKA Foundation)の100 パーセント所有となっている。この財団法人はオランダ籍の免税非営利法人であり、1982 年にカンプラード氏の保有株式を提供されて誕生している。Stichtingen、または財団は、オランダでは非営利団体の形態として最も一般的なもので、何万団体も存在している。
ほとんどのオランダの Stichtingen はちっぽけなものだが、スティヒティング・インカ財団がもし上場したら、市場価格でオランダのトップ 10 企業に入ることになるだろう。この財団の主要資産はインカ・ホールディング・グループで、ここは負債をおさえて高い利益を維持している。2004 年 8 月 31 日末で終わる会計年度(同グループが発表している最新の数字がこれだ) での税引き後の利益は 14 億ユーロ (2 千億円) ――総売上は 128 億ユーロだから、利益率は 11 パーセントという驚くべき水準だ。
インカ・ホールディングの価値評価はむずかしい。イケアには、世界的な規模で運営されている直接の競合他社が存在しないからだ。アメリカで、売り上げの 1/5 を家具販売で得ている巨大チェーンのターゲット社の株は、最新の年度利益の 20 倍の値がついている。この PER を使うと、インカ・ホールディング・グループの市場価値は 280 億ユーロ (4 兆円弱) となる。
だがイケアの成長見通しを考えれば、これはかなり控えめな推定だろう。2005 年 8 月 31 日までの年度での売り上げ――ちなみにイケアが公表する財務情報は売り上げだけだ――は 148 億ユーロ、対前年度比で 15.6 パーセント増となっている。そして店を増やす余地はまだまだある。インカ・ホールディングはアメリカに 26 店舗しか持っていないのだ。同程度の市場規模を持つヨーロッパには 160 以上の店舗があり、それが売り上げの 8 割以上を占めている。4 月には、日本で一号店を開いたばかりだ。
スティヒティング・インカ財団が少なく見積もっても 360 億ドルの純価値を持っているなら、これは世界で最も豊かな慈善団体となる。その価値は、一般に最も豊かな財団とされるビル&メリンダ・ゲイツ財団の最新公表価値である 269 億ドルを優に上回る。
だが行っている善行で見れば、ゲイツ財団が文句なしの圧勝だ。ゲイツ財団は、世界の貧困層の病気治療にほとんどのリソースを費やしている。これに対し、カンプラード一家の何十億ドルは「建築とインテリアデザイン分野におけるイノベーション」のためのものだ。スティヒティング・インカ財団の定款はオランダで登録されているが、この目的を改変することはできないと定めている。オランダの法廷でさえ、stichting の目的はほとんど変えさせることはできない。
カンプラード一家の財団は、ゲイツ財団に比べて他の面でも見劣りする。ゲイツ財団はアメリカの財団で、運営にも透明性がある。たとえば寄付行為の詳細はすべて公開している。だがオランダの財団はきわめて規制がゆるく、第三者による監督はほとんど/まったく受けない。たとえば、財務状況を公開する法的な義務もない。
定款に基づいて、スティヒティング・インカ財団はその資金をスティヒティング IKEA 財団にまわす。これもまたオランダ籍の財団でまったく同じ目的を持つが、こちらの財団は実際に重要なインテリアデザイン分野のアイデアに対してお金を出している。だがこの第二の財団も、一切の情報を公開しない。だから 1999-2003 年にかけて、スティヒティング・インカ財団がインカ・ホールディングから受け取った配当 16 億ユーロをどう使ったのか――そもそも少しでも使われたのか――は外からは見えないままだ。
イケアは、このお金が慈善目的で使われました、と述べるだけだ。さらに「将来の資金需要に備えてイケアグループを保護するための内部留保構築に向けた長期投資を行った」とも述べている。さらにイケアは、過去二年の寄付はスウェーデンのルンド工科大学にだけ行われていると付け足した。ルンド工科大学によれば、最近では年に 1,250 万クローネ (170 万ドル) の寄付をスティヒティング・インカ財団から受けているという (また 1990 年代後半には、渡しきりで 5,500 万クローネもらったそうだ)。この財団の資産から見れば、丸め誤差程度の金額でしかない。明らかに、この財団はイケアが資金を必要としたときのための内部留保にだけ専念しており、インテリアデザインの分野は悲しいほどに支援を受けていないというわけだ。
カンプラード氏はイケアの所有権を放棄したが、この stichting のおかげでグループに対するかれの支配権は揺るぎないものとなっている。財団を運営するのは、カンプラード氏を長とする 5 人の理事会となっている。この理事会は、インカ・ホールディングの役員を任命し、企業の定款変更を承認し、新株発行に対する先買権を有する。
この理事会のメンバーにはカンプラード氏の夫人とスイスの弁護士も含まれているので、財団設立以来、カンプラード氏の意見は自動的に賛成多数となる。理事会のだれかが辞めたり死んだりすれば、残り四人が後任を決める。つまりカンプラード氏は、所有者だった時と同じようにインカ・ホールディングに対して支配権を行使できる。理論的には、この理事会が合意しなければイケアでは何も起きないことになる。
この支配構造は実に堅牢で、カンプラード氏が死んでも後継者たちですらそれをゆるめることはできない。財団の目的では、インカ・ホールディング・グループの株式を「取得管理」しなくてはいけないことになっている。定款の他の条項では、同財団はその株式保有はイケア・グループの「継続性と成長」を担保する形で行うことと定められている。株式は、同じ目的と理事会を持つ別の財団にしか売却できない。そしてこの財団は、破産しない限り解散できない。
支配権はがちがちに固められているイケアだが、お金はそうではない。カンプラード氏は、所有権と支配権が変わらないようにする一方で、資金を同社から引き出すための裏口を用意しておいた。イケア (IKEA) の商標とコンセプトはインター IKEA システムズ社が保有している。これもまた非公開のオランダ企業だが、インカ・ホールディング・グループには所属していない。この親会社はインター IKEA ホールディング社で、この企業はルクセンブルグに登記されている。そしてこの会社は、こんどはオランダ領アンチル諸島 (訳注: カリブ海の南端、ベネズエラ沖合あたりと全然離れたハイチ近く。植民地時代にオランダがいいとこ取りをしたのが見え見えの島嶼群) にある同名の企業に所有されており、この会社を経営しているのはキュラソー (訳注: アンチル諸島の一つ) にある信託企業だ。この受益所有者がだれなのかは秘密だ――イケア社は公開を拒否している――が、ほぼまちがいなくカンプラード一族のだれかだろう。
インター IKEA 社は、イケア店舗のそれぞれとフランチャイズ契約を結んで収益を得ている。この契約は実にオイシイものだ。イケアによれば、すべての契約店舗は売り上げの 3 パーセントを支払うことになっている。最大のフランチャイズ契約先は、カンプラード家の財団が所有し 207 店舗を経営するインカ・ホールディング社だ。残り 28 店舗を経営する他のフランチャイズ先は、もっぱら中東とアジアにある。
インター IKEA システムズ社はいくら稼いでいるのだろうか? その決算は、ルクセンブルグに報告される親会社の財務報告に含まれている。それによると、2004 年に インター IKEA グループはフランチャイズ料として 6.31 億ユーロを集め、税引き前利益は 2.25 億ユーロだった。ちなみにこの利益は、53.9 億ユーロの「その他運営費用」を差し引いた後のものだ。
イケアは、この「その他運営費用」というのがなんなのか説明しない。同社の方針は、非公開企業の財務についてはコメントしないというものだからだ。だがインター IKEA システムズ社はどうも I・I・ホールディング社なる企業に多額の支払いをしているようだ。これまたほぼまちがいなくカンプラード一家が牛耳っており、2004 年には 3.28 億ユーロの利益を挙げている。
これらの企業をあわせると、2004 年末には現金と証券で 19 億ユーロ近くを保有していることになる。これは I・I・ホールディング社がこの年に配当で 8 億ユーロ近くを支払った後の話だ。この金額のほとんどは、間違いなくフランチャイズ料を集めて得られたものだ。全体でこの二つのグループは、2004 年には 5.53 億ユーロの利益をあげながら、支払った税金はたったの 1,900 万ユーロ。明らかにカンプラード一家は、店舗での低価格維持と同じくらいの細心の注意を税金回避にもあてているようだ。
Stichingen とホールディング会社を使ったイケアの財務方式はきわめて効率のよいものだ。それでも、こんど Henvisik ウォールシェルフだの Bjursta サイドボードだのの発狂するほどややこしい組み立て方式をよくもまあ思いつけたものよ、と感嘆したときには、イケアの会計士がどれほどひどいめにあっているかをちょっとは考えてあげちゃいかが?