ドナルド・キーンが京都に留学生として下宿していたときのこと。

「或る晩のことです。十五夜で、それはそれはきれいな月の晩でした。
 私は大学からの帰り途、その月を見上げて惚れ惚れしながら京都の町を歩いておりました。」

キーン博士は思ったのだそうだ。こんな月の光に照らされた龍安寺の石庭はさぞ美しかろう。
是非見てみたい。博士はその足で龍安寺へ向かった。当時(大戦前)の京都の寺はいずこも
終日門が開いていて、人の出入りも自由だったという。

「私は龍安寺の門をくぐって本殿に入り、あの有名な石庭を前にした縁側に座り込みました。
 月光に照らされた石庭の美しさ。私はしばらく身動きができませんでした。
 三十分、いえ小一時間ほども私はぼんやりと庭を眺めていました。
 もう十分すぎるほど石庭に見惚れた後です。

 ふと傍らへ目をやると同時に私は驚きました。
 いつの間にか私のそばに、一杯のお茶が置いてあったのです。
 誰が?いつの間に?どうして?
 想像するしかないのですが、おそらくお寺の誰かだったのでしょう。
 外国人の若い学生が石庭に見惚れているのを見て、邪魔をしないように、
 そうっとお茶を置いていってくれたのです。私は、とても感激しました。」

こんなもてなし方ができる民族は日本人だけだ、と博士は思ったそうである。

「そして、だからこそ私は日本のことが大好きになりました。」

原田宗典「はらだしき村」より

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