落合さんは、素晴らしいバットマンじゃったが、同時に素晴らしい職業野球人でもあった。
さっきも、話したけど、落合さんは、デッドボールを受けても、しれーっとしていた。
ピッチャーを責める素振りをする事も、ほとんど無かった。
落合さんには、分かっていたんよ。
自分を討ち取るためには、インサイドを使わなければ無理だという事。
そして、自分を討ち取る事で、ピッチャーもまた、給料を貰って、家族を養っている事。
「 オレもオメェも、生活がかかってるもんなぁ。 しょうがねぇよなぁ。 まぁ、インサイド来いよ 」
言葉には出さなかったけど、打席の落合さんの姿が、そう言っていた。
その落合さんが、ある日、ワシにボソッと、こう言った事がある。
その時、何の話をしてたのか、思い出せんのじゃが・・・、 突然、落合さんが言ったんよ。
「なぁ、達川よ。 プロ野球で1本ヒットを打った選手も、3000本くらい打った選手も、
それなりに凄いよなぁ。 タツ。 プロで1本ヒット打つのが、どれだけ大変か・・・。
オメェも分かってるだろう 」
2000本安打。500ホーマーの強打者が、真顔で言った言葉に、ワシは何と答えたか。
実は、思い出せない。
ワシが覚えているのは・・・、
その時、ワシの目の前に、プロ野球がユニフォームを着たような男が立っていたという事。
その男は、とても、深い、深い、目をしていたという事。
この二つだけよ。