メディアの差別語を作り出した責任も、解放同盟にある。あるときNHKのニュース解説で「片手落ち」という言葉を使ったのはけしからん、と部落解放同盟の地方支部の書記長がNHKに抗議にやってきた。協議の結果、この言葉は放送で使わないことに決まった。ところが、この年の大河ドラマが忠臣蔵で、赤穂浪士が集まって「吉良上野介はお咎めなしで大石内蔵助だけを切腹させるのは片手落ちだ」と言う有名なシーンがあった。そのときすでに収録は終わっていたが、撮りなおすことになり、「片落ち」という言葉で代用した。ドラマでは、浪士が次々に立ち上がって「片落ちでござる」と訴える珍妙なシーンが放送された。
関西で起こる大型の経済事件には、たいてい同和か在日がからんでいる。最近で有名なのはハンナンの浅田満元会長で、彼は解放同盟の地方副支部長だった。イトマン事件の主犯だった許永中も、同和対策事業に食い込んだことが裏社会でのし上がるきっかけだった。そしてこうした事件には、組織暴力がからんでいる。かつて山口組の構成員の7割は被差別民だといわれた。
しかし差別によって正業につけない人々が、こういうやり方で生活を支えようとしたのは、ある意味では自衛手段だった。問題は、それに対決することを避け、金でごまかしてきた役所の事なかれ主義である。2002年に「部落問題は基本的に解決した」として国の同和対策事業が打ち切られた後も、自治体では同和利権が存続し、奈良のように解放同盟が土木事業などを仕切ってきた。これは解放同盟が組織を維持するために差別語キャンペーンのような形で新たな問題を作り出し、行政がそれに迎合してきたからだ。メディアもこの問題から逃げてきた。ほとんど解放同盟のいいなりに差別語が追加され、「カトンボ」や「四つ足」(いずれも一部の地域で部落民を示す隠語)まで放送禁止になった。「片手落ち」や「足切り」のみならず、最近では「身体にかかわる比喩はすべて禁止」という状態だ。
しかし解放同盟の政治力の源泉だった社民党が凋落した今、同和事業の見直しは不可避である。「タブー」を見直すと同時に、同和利権の実態を明らかにすることは、マスコミの責任だろう。