オレの名は「ジェイ・スクリプト」。20世紀最末期の「第一次ブラウザ戦争」でエース部隊に徴用され、最前線で殺戮を繰り広げた。オレたちに課せられた課題は重大だった。相手方ブラウザの殲滅。オレたちはマイクロソフト帝国の最新鋭上陸艦「IE4」に搭載され、次から次へとコードを実行した。戦いは熾烈を極めた。オレたちはどんな汚いコードでも動いた。カーソルをクマさんに変える。アイコンを点滅させる。今日のお知らせをポップアップさせる。世界時計をスクロール表示させる。それが果たして本当にそのウェブページに必要なユーザビリティなのかを問うこともなかった。しかしいつしかオレたちは気づいた。敵艦「NN4」に搭載されているのもオレたちとまったく同じスクリプトなのだと。やがてオレたちが属する帝国が領土のほぼ九割を制圧するに至り、戦争は膠着状態にはいった。敵国は壊滅されたかに見えたが、やがて「ファウンデーション」の支援を受けた「Mozilla」と名乗る組織が活動を開始し、戦線はゲリラ戦へと移行した。そこでオレたちが目にしたものは、累々たる「ウェブ標準」の屍だった。HTML空間は捻じ曲がり、CSSはズタズタに引き裂かれた。ウェブデザインはブラウザのバグ調査と同義となっていた。オレたちスクリプトはSPAM広告と詐欺サイトの温床と罵られ、ウェブ標準の敵として機能停止させられる場面も数多くなった。オレたちは傭兵となり、戦える場所を求めて転戦に転戦を重ねた。いつしかオレたちは、あるウワサを耳にするようになった。第三勢力「ウェブツー・オー」が最新鋭部隊「AJAX」の要員を募集している。そこではランチとスナックが食べ放題らしい。しかしオレたちを刺激したのはそんな待遇面ばかりではない。そこではオレたちスクリプトに、プログラミング言語として「ふさわしい」仕事を用意しているという。オレのかつての同僚が「メールクライアント」を丸々まかせられたと聞いたときには耳を疑った。ひたすらポップアップ画面を点滅させていたあのウスノロがだ。いったいこのブラウザの地で何が起きているというのか? そしてオレもまた曳かれるように断続的に局地戦が続く「SHIBUYA」の地へと赴いた。それはあの血を血で洗う「ちょろめ作戦」発動直前のことだった……。
次回「AIRの脅威」。井の頭線渋谷駅の上で飲むスタバのコーヒーは苦い…