フランス料理といえば、ソースが命。
 そのソースが、料理に良い感じでからむには、ソースがサラサラしていたのでは、うまく味がノリません。
 そのために、濃度をつけて「トロッ」とさせることを、フランス料理では「リエする」と言います。
 ソース作りにおいて基本中の基本の技術です。

 濃度をつけるために使われる素材は、だいたいバター・クリーム・小麦粉・コーンスターチです。中華料理なら片栗粉、日本料理なら葛、といった感じですね。工場製品だとゲル化剤とかになりますかね(笑)

 しかし、リエする手法は、時代とともに変わって、味も変わりました。
 ただ、そうした古い手法、ちょっと前の手法、現代の手法ともに、どれも家庭料理レベルでは現在でも使われています。
 そこで、何気なく使っているその調理技法の、その歴史的背景と味の違いを知れば、なかなか興味深いものではないかと思います。

●古来の手法

 大昔、フランスでいえば十八世紀くらいまで、日本でいえば明治~大正時代の頃の洋食では、ソースの濃度付けはやっぱり小麦粉が中心でした。
 また、その使い方もシンプルで、まずソースの材料をソテーする時に、最初に小麦粉も入れて一緒にソテーします。それに水やワインなどを注いで煮詰めれば、ソースに十分とろみがつきます。

 この手法は非常に手軽なので、家庭では現在でもよくされているのではないでしょうか。
 クリームシチューやグラタンを作る際、具を炒める時に小麦粉を振りかけて一緒に炒め、全体に馴染んだら牛乳を注ぐ。すると、牛乳にとろみがついて、簡単にホワイトソース状になりますよね。

 ただ、このやり方だと、どうしても料理が小麦粉くさくなります。早目に入れて小麦粉に火を入れれば、少しは粉っぽさが抜けますが、あまり炒め
過ぎると焦げ色が付いてしまい、クリームシチューだと色が悪くなってしまいます。ビーフシチューの場合は野菜とともに小麦粉もとび色になるまで炒めます
が、そうすると小麦粉の焦げた匂いが強く出てしまい、風味が良くありません。(もっとも、この小麦粉くさい香りこそクラシックな洋食の香りだといって懐か
しむ人もいるようですが)

 またその他にも、卵黄を使って軽く加熱することでとろみをつけたり、最後にバターを加えて水分と乳化させることで濃度とツヤを出すバター・モンテといった手法もありますが、これは現在でも多用されています。

●旧式の手法

 フランスでは十九世紀、日本では大正~昭和中期頃くらいになると、小麦粉を最初に入れることはしなくなります。
 その代わりに、別に小麦粉とバターと合わせて「ルー」を作るのです。

 先にバターで小麦粉だけじっくりソテーし、粉っ気を抜きます。そして後から料理にそのルーを加えることで、濃度を調整するのです。
 
これにはかなりのバリエーションがあって、焦げない程度に炒めたホワイト・ルー(roux
blanc)、クリーム色まで焦がしたクリーム・ルー(roux blond)、とび色まで焦がしたブラウン・ルー(roux

brun)、溶かしバターに小麦粉を加えて火を入れずにホイッパーで合わせたブール・マニエ、バターと小麦粉とブイヨンを合わせたブルーテ、などなどあり
ますが、そうしたものを使用して、ソース・エスパニョール(ドミグラスソースの元)や、ソース・ベシャメル(ホワイトソース)などを作ります。

 こうやって、小麦粉を別に取り出して火を入れることで粉っぽさをなくすことが出来、また、入れる量も調節しやすく、最小限に抑えることが出来るので、昔の作り方に比べて、粉っぽさがなくなるわけです。

 日本では、「ルー」というとカレーのルーを連想する人も多いと思いますが、あれは、このルーをカレー用に変化させたものです。バターやラード
に小麦粉・カレー粉・ブイヨンを合わせて固めておいたのがカレーのルーで、これを入れることによって、カレーの風味と、味と、ソースの濃度を同時につけて
いるわけです。

 ルーを作り置きしておけば、肉や野菜を煮込んでシチューやソースなどを作った時、最後にちょっとルーを加えるだけで、トロっとしたソースになるので、洋食屋などでは現在でもよく使われています。

 俗に、「ノリみたい」と言われる、安っぽいベタベタなカレーやシチューなどは、小麦粉に頼った濃度調整していることが多いと思います。

●現代の手法

 第一次世界大戦後くらいから、フランスでは濃度をつけるのに小麦粉自体を使わなくなっていきました。日本では、1970年代以降にそうした手法がもたらされました。

 この背景には、流通技術や保存技術の向上により、料理のスタイルがより素材・鮮度重視になっていったことが最大の理由でしょう。従来のように
濃厚なソースの味で素材の悪さや弱点をカバーするのではなく、より軽く、繊細な風味や味わいが求められるようになったので、小麦粉を使用せず、出汁をとろ
みがつくまで煮詰めるといった調理法をとるようになっていったのです。

 ドミグラスソースやホワイトソース自体が使われなくなり、変わってフォン・ド・ボー(仔牛の出汁)が主流になり、フォンを極限まで煮詰め、あ
とはリキュールで風味づけしてバターや卵黄で濃度をつけたり、生クリームを煮詰めるだけで白いソースを作るようになりました。でんぷんでつなぐ場合も、小
麦粉のようにベタっとならないコーンスターチを使います。
 こうしたソースは、粉っぽさや小麦粉くささといった雑味がなく、純粋に素材の味や風味を活かせるので、現代ではこの作り方が主流です。

 ちなみに、パスタ料理のソースでは、茹で汁をよく使いますが、茹で汁にはでんぷん(パスタは小麦)が多く含まれているので、ソースに濃度をつけるのに実は一役買っているのです。

 こうした味の背景を知っていると、料理を作る時のイメージも、ちょっと変わったものになるのではないでしょうか。

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