一方、ローマ時代にドイツや東欧に定住したユダヤ人は、
長い間姓を持つことを禁じられていました。
興味深いのは、裕福なユダヤ人に
姓を「売る」人たちがいたということです。たとえば、オーストリアのハプスブルグ家は、
「商才に長ける富裕層の多いユダヤ人に対して、徴税目的に姓の登録を義務づけ、
同時に登録料兼使用料を徴収するというあざといやり方」をしていたと言います(『人名の世界史』)。ユダヤ人の姓の売買については、『人名の世界地図』では、
「すぐにユダヤ人とわかるように、その名を植物名と金属名に限ったりもした」とあります。ローゼンタールRosental(薔薇の谷)、
リリエンタールLiliental(百合の谷)、
ブルーメンガルテン Blumengarten(花園)、
ゴールドシュタインGoldstein(金の石)、
シルバーシュタインSilverstein(銀の石)、
ルビンシュタインRubinsteinなど、よく聞くユダヤ系の名前に花や宝石名が多いのはそういうわけだったのです。
なお、”stein”というのは、
タール tal(谷)、ハイムheim(家)、バウムbaum(木)といった単語と同様、
アインシュタインEinstein(1つの石=石ころ)、
エイゼンシュタインEizenshtein(鉄の石)などユダヤ人の姓の語尾によく使われます。しかし、一見優雅に思えるこれらの姓を名乗るためには「法外な料金」が必要で、
フツーの庶民には、
ラングLang(背が高い)、グロスGross(大きい)、クラインKlein(小さい)、
シュヴァルツSchvarz(髪の黒い)、ゾンタークSonntag(日曜日)
といった身体的特徴や生まれた日を表す「単純で分類しやすい姓」を与えられるだけでした。中には、エーゼルコプフ(ロバの頭)、クラーゲンシュトリヒ(絞首台のロープ)、
カナルゲルッフ(どぶの悪臭)といったとんでもない姓を当てられたユダヤ人もいました。また、ドイツではユダヤ人の姓として職業を表す看板の絵に由来するものも多かったようです。
「赤い盾」を意味するロスチャイルド、「ハシボソカラス」を意味するカフカなどがそうです。