「A Gay Girl in Damascus(ダマスカスの同性愛女子)」というブログは、のちの「インフォポカリプス(情報破滅)」の前触れだった。このブログには、シリア大統領バッシャール・アル・アサドへの抗議行動に参加していた同性愛者の女性、アミナ・アラフ(35)が自身の日常を記していた。彼女は中東のクィアの暮らしを感動的な散文と鮮やかな描写で表現し、すぐに世界の読者の心をつかんだ。『ガーディアン』の表現を借りれば、彼女は「保守的な国での反乱における意外なヒーロー」だった。
だが、11年6月6日に状況が変わる。この日、いつもと様子の違う文章がブログに投稿された。更新したのはアラフのいとこだった。いとこは取り乱した様子で、3人の正体不明の男がアラフを赤いミニヴァンの後部座席に押し込んだと説明していた。現場はダマスカス中心部だという。誘拐のニュースは即座に世界中に拡がり、『ガーディアン』や『ニューヨーク・タイムズ』「FOXニュース」「CNN」などで報じられた。そして、「アミナを解放せよ」と訴える運動が起こり、ポスターやウェブサイトがつくられた。彼女の失踪について、米国務省が調査を始めたとの報道まで残っている。
この「誘拐」事件の真相が明らかになったのは、6日後のことだ。実のところ、「ダマスカスの同性愛女子」はトムという名前の米国籍の男で、ジョージア州に住む40歳のストレートだった。
ブログも、SNSのアカウントも、「アミナ・アラフ」を名乗って6年近く続けていたウェブフォーラムへの投稿も、全部うそだったわけだ。この虚構騒ぎはブログ界を震撼させ、デジタル詐欺に対する常識の転換点になった。『ワシントン・ポスト』は、「インターネット上で本物を装うことがいかに簡単か」が事件によって浮き彫りになったと伝えている。