僕が上手いなと思う漫画家のひとりにあだち充さんがいるんだけど、あだちさんが『タッチ』や『みゆき』を描く前に『サンデー』の増刊号でやってた『ナイン』という作品があって。

 これを見た時に僕が衝撃を受けたのは、「セリフが最小限に抑えられている」ことだったの。で、さっきも言ったように漫画は話し言葉でストーリーが進むから、好きな男女が話をする時に、現実では「私はあなたが好きです。なぜならば……」なんて演説はしないわけだよね。だから、言葉が「え、あの……」「何?」みたいにすれ違っていく。

 でも顔を見ればなんとなく気持ちが分かる。「お互いに好きだ」という気持ちのドキマギした感じを、あだちさんはすごく上手く伝える。どうしてそれが伝わるかというと、あだちさんはセリフを最小限にして絵で表現しているから。

 たとえば主人公の気持ちがすごく暗い時に、ふたりがいる喫茶店の窓を雨がずっと流れている。それを心象風景として見せる、みたいな見せ方がすごく上手い。

 だから、あだちさんの漫画って「一回読み終わった後でもう一回読める」んだよね。セリフで演説している漫画って、一回ストーリーが終わっちゃったら読めないのよ。繰り返し読めるというのは、情報密度があるから。

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