次のシナリオを考えてみてほしい。

・あなたは、向こう5年間、平日に毎日、地下鉄で通勤することになる。
・地下鉄に乗るためには、チケットが必要だ。
・チケットの値段は現在、往復で1ドルである。
・明日からその値段が1.20ドルに上がる。その後5年間は、値上がりしない。
・値上がりする前に、現在の価格1ドルでいくらでもチケットを買うことができる。
・ただし、チケットは購入者であるあなたしか使うことができない。転売は不可。

さて、あなたは、価格が1.20ドルに引き上げられる前に、1ドルでどれだけチケットを買うだろうか。

たいていの人は、極めて直感的であると思われるアプローチを選択する。つまり、いま買えるだけチケットを買おうと考えるのだ。できれば、今後5年間の通勤で必要になる分をすべて買ってしまいたい、と。

この選択は、リスクなしにリターンをもたらすように見える。1年間に250日出勤すると仮定して、5年間で1250枚のチケットが必要になるとわかっていて、しかも明日以降、チケットが20%値上がりすることが決まっているとすれば、いますぐに1250枚買って、250ドル節約するのが賢明に見える。

さらに緻密に計算しようとする人もいるだろう。
たとえば、「休暇や病欠も考慮に入れたほうがよいのではないか。
それに、パンデミックをきっかけに導入された『金曜日は在宅勤務』という方針も無視できない。
1年間に250日も出勤するという想定は多すぎはしないか。
出勤日数はもっと少ないのではないか」という具合だ。

しかし、そもそも、どのような計算をするかという判断が間違っている。
最初に問うべきなのは、「今日、チケットを買うために使えるお金でほかに何ができるのか」である。

この点に気づいて質問した者には、以下の3点が伝えられる。

(1)そのお金は、年利10%で銀行に預けることができる。
(2)投資の選択肢はこの一つしかない。
(3)税金、取引コスト、銀行の経営破綻、インフレなどは考慮に入れないものとする。

さて、この条件で銀行に1ドル預けると、どうなるか。
口座の残高は、1年後には1.10ドルになっている。
2年後には、1.21ドルになる。
これは、値上げ後のチケットの価格より少しだけ高い。

このように、「貨幣の時間価値」を考慮に入れて思考すると、最初の問いに対する答えが変わる。
2年分のチケットを購入するのが正解だということになるのだ。

いまそれより多くのチケットを買うよりも、そのお金を銀行に預けたほうが得だ。
もし将来チケットを買う必要が出てくれば、そのつど、預金を引き出して使えばよい。
長い目で見れば、このやり方のほうが、いますべてのチケットを買うよりもリターンが大きい。
これはすべて、貨幣の時間価値がもたらす結果だ。

この極めてシンプルな考え方は、「正味現在価値」(NPV)やDCFなど、ファイナンスにおける重要概念の土台を成すものだ。

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