1999年、彼らの論文が『Science』誌に絶賛されたあと、かつては研究に関わるのを嫌がったひとびとが、手のひらを返したように、自分の名前を掲載してほしいと相次いで申し出てきたそうだ。
「私たちを活動をやめさせようと必死だったひとたちが、後になってメディアの取材に答えたり、自分の履歴にこの研究を掲載するようになったんです」とペックは首を振りながら不満を訴えた。「〈成功に父多し(訳注:失敗の責任は誰も取りたがらないのに対し、成功に貢献したと名乗り出るひとは非常に多いことのたとえ)〉とはよくいったものですね」