シカゴ大学の行動経済学者Richard Thaler氏は、次のような問いを設定した。

映画を見に行こうとして、10ドルの前売りチケットを買いました。ところが、劇場に入ろうとして、あなたは自分がチケットをなくしたことに気付きました。(予約席ではなく、払い戻しはできません。)あなたは、もう一度10ドルを払って映画のチケットを買いますか?

この問いに対して「イエス」(もう一度買う)と答えた人は46%にすぎなかった。一方、次の似たような問題では、全く別の反応が見られた。

料金が1人10ドルの映画館に、映画を観に行きました。劇場でチケットを買おうとした時、あなたは自分が10ドル紙幣をなくしたことに気付きました。あなたは、10ドルを払って映画のチケットを買いますか?

こちらの質問では、88%の人が映画のチケットを購入すると答えた。どちらの例でも「失った金額」は同じなのにだ。この劇的な違いは何に由来するのだろうか。

Thaler氏は次のように説明する。映画を観に行くという行為は通常、チケット代というコストと引き換えに映画を観る体験を手に入れる、ひとつの取引だとみなされている。チケットを再度購入すると、チケット1枚に20ドルの「コスト」がかかることになり、映画の料金としては割高に感じられる。これに対し、10ドルの現金をなくすことは映画の「メンタル・アカウンティング」には含まれていない。このため、映画代としてもう10ドル出すことは苦にならない、と。

[メンタル・アカウンティング(mental accounting、心の会計)とは、Thaler氏によって提唱された概念。人は、同じ金銭であっても、その入手方法や使途に応じて、(時に無意識に)重要度を分類し、扱い方を変えていること]

脳がメンタル・アカウンティングを行なうために、われわれは同じ金額でも扱いを大きく変える。上の実験では、2つの互いに矛盾した判断が行なわれたわけだが、これは古典派経済学の重要な原則に反している。つまり、「1ドルはつねに1ドルの価値を持つ」という前提だ。

Thaler氏の別の実験では、「価格15ドルの計算機を5ドル安く買えるなら、車で20分遠回りをしますか?」という質問が行なわれ、回答者の68%がイエスと答えた。これに対し、「価格125ドルの革のジャケットを5ドル安く買えるなら、車で20分遠回りしますか?」との問いに、イエスと答えた人はわずか29%だった。つまり、大きな買い物においては小さな金額は重要とは思えず、絶対的な金額(5ドル)よりも、メンタル・アカウンティングのほうが、判断にとって重要だったわけだ。

この原則を当てはめれば、なぜカーディーラーが要りもしない付属品をあれこれ付けて車を売ることができるのか、なぜわれわれが高額な電子製品を買うとき、要りもしない保証書にまんまとお金を払わされることが多いのか、その理由を説明できる。

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