洋食レストランでは定番の人気メニュー「ドリア」。
ライスが入ったグラタンのような料理です。
これってどこの国の料理かご存知ですか?グラタンっぽいのでフランス料理かな?と思いながら、某イタリアンチェーン店の定番商品にもなってるから、イタリア料理かも…?
ところがこのドリア、実は日本で生まれた料理なのです。
といっても、日本人が考えた料理ではなく、戦前に『横浜ホテルニューグランド』で総料理長を務めていた、サリー・ワイル氏が、日本に来てから考案した料理です。ワイル氏は、1927年にニューグランドが開業する際にパリから招かれたスイス人コックで、フランス料理のコックでしたが、西欧料理全般に長けていて、イタリア料理やスイス料理なども得意としていました。
そんなわけで、日本で生まれたとはいえ、日本の洋食というより「サリー・ワイル氏の料理」というべきかも知れません。●ドリア誕生のエピーソード
ワイル氏はニューグランドで、「コック長はメニュー外のいかなる料理にもご用命に応じます」とメニューに書き、お客様の要望に合わせて様々な料理を作って提供していました。
そんなある日、
「体調が良くないので、何かのど越しの良いものを」
というお客様の要望を受けて創作した料理が、この「ドリア」だったのです。
その時作ったのは、バターライスに海老のクリーム煮を乗せ、ソース・モルネとチーズをかけてオーブンで焼いたもの。
好評だったこの料理は、”Shrimp
Doria”(芝海老と御飯の混合)として、ア・ラ・カルトのレギュラーメニューになり、ニューグランドの名物料理の一つになりました。
それが弟子達によって他のホテルや街場のレストランでも提供されて広まり、今では全国の洋食の定番料理になっています。
ちなみに、ワイル氏のオリジナル・ドリアは、ニューグランドの名物料理として今でも提供されています。
●「ドリア」の名前の由来もともと、フランス料理にも「ドリア」という料理があり、それはイタリアの港町・ジェノバの名門貴族「ドーリア家」のためにパリのレストランが作った、キュウリ・トマト・チキンを使った料理のことと言われています。
古典フランス料理で「ドーリア風」というとキュウリを添えるのはその名残だと考えられますが※1、これらはワイル氏が作った「ドリア」とは全く違う料理です。ワイル氏が作った「ドリア」の名前の由来も、やはりその「ドーリア家」にちなんでいますが、特に十五世紀ごろに活躍した、ジェノバの海軍提督・アンドレア・ドーリア(Doria)という人物のことを指しています。
中世時代のジェノバは貿易で栄えていて、十八世紀末頃まで「ジェノバ共和国」として独立していました。その中で、ドーリア家は、ジェノバ共和国が建国され
る以前から名家として知られる超名門貴族でしたが、その一族の中でもアンドレア・ドーリア提督は、「ドーリア家」といえばまずその名前が連想されるほど有
名な人物だったのです。(ちなみに、ジェノバには今でもドーリア家の宮殿が残っているそうです)
また、ジェノバは十八世紀の末、ナポレオンによって占領され、わずか十年ほどの間でしたがフランス領であった時もあったので、ジェノバはフランスとも深いかかわりあいがあります。ワイル氏のドリアの由来がこのアンドレア・ドーリア提督ということはあまり知られてはいませんが、かつてニューグランドでワイル氏の補佐をしていたコックの荒田勇作氏が1964年に出版した『荒田西洋料理』という料理書には、ドリアのことを「海将風」と書いています。
では、ワイル氏は、なぜライスを入れたグラタン料理に”Doria”と名付けたのでしょうか?
実は、フランス料理の古典であるオーギュスト・エスコフィエ(1846~1935)の料理書、”Le
Guide Culinaire”(1902年刊)には、”Homard
Tourville”(オマール海老のトゥールヴィル風)という料理があり、この料理は、リゾットの上にオマール海老を乗せ、ソース・モルネをかけてグラタンにするという、まさにドリアの原型ともいえる料理があるのです。※2
そしてこの、「トゥールヴィル」という料理名は、十七世紀に活躍した有名なフランス海軍提督・トゥールヴィル伯爵(アンヌ・イラリオン・ド・コタンタン)に由来します。ワイル氏は、当時フランスの料理界の頂点に君臨していたエスコフィエの料理に傾倒していたそうで、ニューグランド時代のワイル氏のメニューには、エスコフィエの料理書にある料理が数多く登場します。
そこでワイル氏が、フランスの海軍提督の名をあてた「トゥールヴィル」という料理をアレンジしたシーフード料理に、港町ジェノバの海軍提督の名をあてたのは、ワイル氏ならではのちょっとした洒落だったのでしょう…。
ドリアの元祖・ドリアの発祥 (via petapeta)