山頂での休憩がたりず、登りの疲れが残っていたため、途中雪から露出している岩に座って休もうとしたところ、バランスを崩して30kgの荷物から仰向けに頭を下にして倒れてしまった。すぐに霧が晴れ、自分が猛烈なスピードで落ちていることに気付いた(ガスっていたのは山頂付近だけだった)がもはや到底止まることなどできず、右足のつま先がかかとの方向に180°ねじれてしまっていて全く動かすことができず、ぶらぶらしていることに気づき、その瞬間に自力下山できないことを悟った。(右足にはアイゼンがついており、雪面に引っかけて足首をひねってしまったらしい。左足はアイゼンがいつの間に外れていたがこれが幸いして雪面にひっかけず骨折しなかったようだ。)
そうしている間も猛スピードの滑落は続き、このまま崖から落ちて死ぬのか、岩にぶつかって死ぬのか…と、死を覚悟した。そしてついに体ふわっと宙に浮いた。ああついに死ぬのか、と目を瞑り、背中と腰を丸めて頭を抱えたが、次の瞬間腰から落ちてそのまま滑落を続け、とうとう次第に傾斜が緩くなってスピードも落ちてきた。これな止まれるかもしれないと急に思い立ち、まだ手に繋がっていたピッケルを持ち直して腹這いになりピッケル雪に突き刺し、ついに停止した。「いっ、生きている!」標高差約1000mも落ちた奥赤石沢近くの斜度が緩くなった場所だった。生きていることが信じられなかった。辺りは風もなく静かに雪が舞い落ちていて、それまでの出来事が夢の中の出来事ようだったが、猛烈な足の痛みが夢ではないことを教えていた。