師走近くになって、前任者が数千万円のコートの注文を受けていたのを鬼バイヤーから「あれどうなった? 早く納品しろ」と知らされ、何の引き継ぎも受けていなかったので、本社に問い合わせると、生地不良で少し前に生産中止になったと告げられ、顔面蒼白になった。鬼バイヤーからは毎日「早く納品しろ」と急かされ、「生産中止になりました」と言えずごまかしていたが、ついに打ち明けざるを得なくなった。バイヤーは激怒し、その営業マンを殴る代わりに、そばにいた自分の部下のアシスタント・バイヤーを思い切り蹴り飛ばしたという(さすがに他社の人間には手を出せないと思ったようだ)。

「お前の会社は冬物が終わり次第、口座抹消、取引停止!」と宣告され、上司に辞表を提出し、2月末まで針の筵の上で仕事をした。しかし、懸命に知恵を絞った末、ある方法で数千万円の売上げを穴埋めし(具体的な方法は『アパレル興亡』に詳述した)、鬼バイヤーの信頼を取り戻し、2月の終わりに退職の挨拶に行くと、「なんで辞めるんだ? 辞めるなよ。これやるから、お前の好きに書いて、春物立ち上げろ」と、印鑑だけが捺(お)してある白地の注文書を一冊くれたという。

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