6: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:32:16.53 ID:DyduRq4r0~その夜~日本「ふふふ、兄貴がアホで助かったわ」
日本「皇帝システムは権威付けもバッチリで統治に便利だものね、使わない手は無いわ」
日本「何しろ海を挟んだ遠い国のお話だもんね、後は勝手にやってたってバレやしないわ」
日本「ついでに、今度は律令も作ってみようかしら・・・」
・紀元600年 推古天皇は長らく途絶えていた中国への朝貢を復活させ、遣隋使を送る。
聖徳太子による「日出る処の天子~~」の一文が隋の煬帝を激怒させた、というエピソードは有名
ただし、小野妹子に帯同した隋の使者”裴世清”は「倭皇」宛の返書を持ってきており
隋は日本が天皇を名乗る事を認めた、とする説もある。7: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:32:46.88 ID:DyduRq4r0日本「ねえねえお兄ちゃん!」中華「なんだよ・・・(ブスッ)」
日本「最近ね、新羅くんが高句麗や百済くんをイジメるんだよ」
中華「お前、違うだろ、アレは百済のヤツが悪いんだよ」
日本「そんな事ないよ!百済くん良い子だもん!」
中華「ダメダメ、百済のヤツは俺が南北朝だった頃、南朝の味方しやがった悪いヤツだし」
中華「高句麗は昔からしょっちゅう俺にたてつく生意気な野郎だからな」
日本「ヒドイよ!お兄ちゃん!新羅の事ばっかえこひいきして!そんなお兄ちゃんキライ!!!」
中華「なんだとー!?お前こそ妹のクセに生意気な!!!」
ボコスカドカバキ!!!
日本「びえええええーん!!!!」
百済「ボロッ」
高句麗「アボーン」
新羅「アニキのお陰で朝鮮半島はオイラのモノになったニダ」
日本「(チッ)」
・紀元663年 朝鮮半島は、高句麗、新羅、百済の三国に分かれて覇権を争っていたが
半島に影響力を行使したい唐が新羅を援助し始めると、元々犬猿の仲であった
百済は友好国である倭国に援軍を求め唐・新羅連合軍VS倭・百済連合軍の戦争となった。(白村江の戦い)
結果は唐・新羅の勝利に終わり、高句麗、百済は滅亡。
新羅が唐の朝貢国として朝鮮半島を支配する事になった。8: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:33:31.65 ID:DyduRq4r0日本「ねえねえお兄ちゃん」中華「ん?」
日本「こないだ、白村江ではゴメンね・・・?」
中華「ああ、まあいいよ、別に気にしてねーし」
日本「そっか、よかったあ」
日本「(クソアニキめ、アンタがしゃしゃり出てくるから、せっかく百済に味方したのにイイコト一個も無かったじゃないのよ!)」
中華「そんで、どうしたんだ?今日は」
日本「あのね、みてみて、コレ!大宝律令!!」
中華「え、ちょ、お前、待てよ、律令は俺以外は作っちゃいけないって・・・・」
日本「え?(ウルウル)」
中華「ま、まあいいよ、お前んトコ遠いから、あんまよく解ってねーんだな・・・」
中華「まあ見なかった事にしてやるよ・・・しょうがねーな」
日本「うふふ、お兄ちゃんやっぱり優しい!ありがとうー!!」
日本「(ニヤリ)」
中華「そんだけか?」
日本「ううん、そうそう、わたしね、今度から”倭”じゃなくて”日本”って名前になったの!」
中華「そっかそっか(どうでもいいけどな)おめでとう!いい名前じゃん」
日本「うん!ありがとう!これからもよろしくね!お兄ちゃん!」
9: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:34:14.41 ID:DyduRq4r0~その夜~日本「ふふ、これで律令も整ったし、もっと繁栄する事間違いナシね」
日本「なしくずしでアニキのOKも出たし」
日本「アイツ、ちょっとバカのフリするとコロっと騙されるわねwwwww」
日本「他にも、仏教とか色々兄貴のトコから持ってこないとだわね」
日本「でも、宦官は微妙よねー、アタシには合わないわ」
日本「チンコ切ったヤツ大量に侍らせるとか、マジキチwwwwwwww」
紀元700~800年ごろ 日本は遣唐使を頻繁に唐に送り、大陸の文物制度を吸収する。
なお、律令とは当時の法律体系の事で、唐は周辺国家に律令の編纂を禁止している。
事実、中華文明圏で隋、唐の法律体系を元に「律令」と呼ばれる制度を作ったのは日本だけ。
おそらく、この頃から日本が海を挟んで遠いのを良い事に
大陸の文化を換骨奪胎して、都合良く作り替えるようになって来たと思われる。11: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:55:02.72 ID:DyduRq4r0渤海「なあ、兄貴」中華「なんだ?」
渤海「いいんですかい?アレは」
中華「なんの事だ」
新羅「日本さんですよ、アイツ、天皇は名乗るわ、律令は作るわ、やりたい放題じゃないすか」
中華「あー、まあしょうがねーだろ、アイツん家、海の向こうだぜ?」
中華「こっちのしきたりの事とか、全然わかってねーんだよ」
渤海「そうなんすか」
中華「それに、どうもちょっとアホの子みたいだしな」
新羅「しょうがないっすねー、ま、俺らも近所なんでなるべく面倒見てやりますよ」
中華「ま、なんだかんだ言ってカワイイ妹だからよ、お前らも仲良くしてやってくれや」
渤海「任しといてくだせえ、今も遣渤海使なんかでしょっちゅう連絡取ってますから」
中華「ちなみに、お前らはアレだぞ、日本と違って俺の側に居るんだから」
中華「勝手な事しやがったら、タダじゃおかねえからな?」
新羅「へ、へい!!兄貴の怖さは身に染みてます!」
・7世紀 白村江の戦いからの流れで朝鮮半島を統一した新羅は、その後
唐が西域で戦争しているスキに唐に対して反抗をはじめ、戦争状態になる。
何度かの戦いの末、新羅が再び唐の柵封を受けて属国になる事になり
ようやく新羅による半島統一が成し遂げられる
12: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:55:38.89 ID:DyduRq4r0日本「ねえねえお兄ちゃん」中華「ああん?」
日本「あのね、わたしね、しばらく会いに来れなくなったの」
中華「え、ちょ、まてよ、なんで?」
日本「やっぱり、間に海があるとなかなか行くのも大変だし・・・・」
中華「え、でもお前、俺のトコの仏教とか文化とか色々興味あるって・・・」
日本「もちろん、今でもお兄ちゃんの事は大好きよ?でもね」
日本「やっぱり、しょっちゅう遣唐使も事故っちゃうし、しばらくやめておこうかな、って思うの」
中華「そうか・・・・・寂しくなるな・・・・・」
日本「あ、でも、もちろんずっと、ってワケじゃないよ?すぐまた遊びにいけるように頑張るから!」
中華「わかった、頑張れよ!」
日本「うん!ありがと!お兄ちゃん!」
~その夜~
日本「どうも最近兄貴のヤツ、荒れてるみたいだし、しばらく距離おいた方がよさそうね」
日本「最近は留学生の留学費用もロクに面倒みないケチくささだし」
日本「なんかあんまり良い輸入品も無くなって来たみたいだしね」
・894年 日本は長らく遣唐使を送り、交易や留学により唐から様々な利益を得ていたが
唐の国力が衰退するにつれ、留学生の滞在環境が悪化するなど、遣唐使の意義が失われ
894年に菅原道真の意見によって、遣唐使は廃止される。
その後、唐の滅亡まで遣唐使は二度と復活する事はなかった。13: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 04:56:26.45 ID:DyduRq4r0「お兄様へ長いことご無沙汰してますが、お元気ですか?
お兄様は今、五代十国時代なのですね
呉や越の兄様から黄金など、大変結構なものをいただき、感謝にたえません。
それにしても、はやくまた統一したお兄様にお会いしたく存じます
どうかお体に気を付けてお過ごしください かしこ」・900年代 日本は、遣唐使を廃止した後、大陸文化から遠ざかり、独自の文化を花咲かせたなどと
言われる事が多いが、実際のところは民間レベルではその後も大陸との交流は大いに盛んであり
五代十国時代も、呉越や渤海などとは頻繁に貿易や文化交流を行っていた。14: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 05:00:08.38 ID:DyduRq4r0日本「ねえ、お兄様?」中華「なんだ?」
日本「お久しぶりですわね、宋になられたとか?」
中華「そうだな、今のところ北宋だが、もうすぐ多分南宋になるな」
日本「あらあら、相変わらずお忙しい事ね。ところで、私お願いがございますの」
中華「なんだ、言ってみ?」
日本「お兄様のお使いになっている宋銭と申しますの?この貨幣を私も使ってみたいのです」
中華「あー、まあ、いいけどさあ」
日本「もちろん、お礼はしますわ?伊勢で取れた銀や、最近作られはじめた刀など、さしあげますわ」
中華「おお、マジか、悪いな、じゃあついでに、禅とか茶とかも持ってきなよ」
日本「本当ですの?お兄様は本当にお優しい事。いつまでも愛しておりますわ」
中華「お、おう」
~その夜~
日本「ふふふ、兄のところから持ってきた宋銭で、ようやく貨幣経済が発達するわ」
日本「いつまでも銀の重さで量ってたんじゃ経済は停滞してしまいますわ」
日本「しかも、道元や栄西なんて高僧までついてきましたね」
日本「この禅ってのは、多分今後流行る思想ですからね、大事に育てないと、ふふふ」
900年代後半 平家が勢力を増すと、平忠盛、清盛などにより、宋との交流が盛んになる(日宋貿易)
特に、宋銭と呼ばれる宋の貨幣が大量に輸入され、これを期に貨幣経済が発展して行く事となる
(同時に、物価の乱高下など、貨幣経済の弊害などの社会不安も引き起こされる)
また、道元・栄西など、禅宗の祖となる高僧の来日など、文化面で与えた影響も大きい。
これらの宋との交流は、平家滅亡まで続けられる15: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 05:55:49.82 ID:0RP3Qb1+0面白い
立てる時間悪すぎだろ。16: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 06:07:50.61 ID:PSWTbcAk0もっと続けろください17: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 07:16:08.35 ID:7j9Y1OLm0くそ、もっと前にあったら歴史の成績が良かったのに18: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 07:46:39.94 ID:DyduRq4r0中華「おい、日本」日本「に、兄様!?」
中華「おう、俺だ」
日本「ど、どうしたんですの?その出で立ちは・・・まるで野蛮人のような・・・」
中華「おう、俺は最近元になってな、今はこんな感じだ。」
日本「そ、そうですの・・・それにしてもお久しぶりですが、いかがされました?」
中華「いかがされましただぁ?お前に久々に会いたいって高麗のヤツに伝言してもらってるのに」
中華「ちっとも返事がねーからわざわざ会いに来たんじゃねーか」
日本「あ、あら?そ、そうでしたかしら?どのようなご用件でしょう?」
中華「まあなんだ、これまで1000年も兄妹やってたんだ、これからもヨロシク、って事よ(ジロジロ)」
日本「そ、そのような目で私を見るのは辞めて下さい!(ゾワッ)」
中華「んだよ、そんなつれねぇ事言うなよ、なあ?」
日本「さ、触らないで!!!」
中華「あんだぁ?お前、ちょっと見ない間にお前、兄に対する礼儀ってモンを忘れたんじゃねーか?」
日本「きょ、兄妹といえど対等な国同士!そのような無体な扱いをされる筋合いはございませんわ!!」
ズカボコドカバキ!!!
中華「ちっ、今日のトコはこの辺でカンベンしてやらあ(ボロッ)」
日本「ぜえ・・・・ぜえ・・・(ボロッ)」
1274年 言わずと知れた元寇。高麗が元を唆して、連合して日本侵攻を企てた、とも言われるが
高麗はあまり日本侵攻に乗り気ではなく、元の軍船も手抜きして作ったとも言われている。
それが、台風によってあっけなく元の軍船が沈没した原因という説もある。
が、近年ではそもそも台風は大きな勝因ではなく、純粋に遠征で疲れ切った元軍に対して
日本側の軍事力が勝った事が勝因である、とも言われている。19: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 07:50:10.23 ID:DyduRq4r0中華「おい、日本」日本「なに?」
中華「あ、いや、その、ちょっと頼みがあるんだが・・・」
日本「だからなに?」
中華「いや、ええと、あの、その、倭寇を少し控えていただけたら・・・?」
日本「はあ?意味わかんない、キモいんだけど」
日本「大体アンタさあ、兄貴が元だった頃にアタシに何したか覚えてないの?」
中華「いや、あの時はその・・・・俺ももう元じゃなくて、明になったんで・・・」
日本「はぁ~、まあいいわ、考えとくからもう帰って」
中華「トボトボ」
~その夜~
中華「日本グレてるwwwww怖いwwwwwwwwww」
中華「まあ、今日本は南北朝だからしょうがないwwww俺にもそんな時代あったwwww」
中華「もうちょっと機嫌良くなったらもっかい話しよwwwww」
1366年 活発化する倭寇による被害を押さえるため、明の洪武帝は日本の南朝に鎮圧の要請を行うが
元寇や、国書が無礼である、などの事を理由に南朝は突っぱねる。20: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 07:54:37.15 ID:DyduRq4r0日本「ねえ、兄さん?」中華「お、おう?」
日本「こないだはごめんなさいね、やっぱり私、兄さんの妹よね?」
中華「あ、お、おうもちろんだとも」
日本「じゃあ、もう一度仲良くしましょ?倭寇もなるべく辞めるようにするわ」
中華「え、でも待てよ、お前、ホントに日本か?お前って天皇制だったんじゃ・・・」
日本「ああ、アレね、今も一応天皇制だけどね、もうね、時代は封建時代なの」
日本「だから、今のトレンドは将軍が政権を持つのが流行なのよ」
中華「そうなのか、じゃあまあいいか、そんじゃ将軍を日本国王って事にしておくよ」
日本「わあ、ありがとう、兄さん」
中華「(よくわかんねーヤツだな、日本は・・・)」
1401年 室町幕府将軍 足利義満は、幕府が明との交易を独占する目的で国交を試みるが
明の側では、義満が天皇の部下でしかない事を理由に最初は受け入れを拒否するが、ねばり強い交渉の結果
ついに目的を果たし、明は義満を「日本国王」と認めて改めて室町幕府を柵封する事になった。
なお「日本国王」という称号は義満が初めて獲得したモノではなく、日本が国号を「日本」と改めて以来
中国の文書では歴代の日本の君主を「日本国王」と称している。21: 名も無き被検体774号+ 2013/08/10(土) 07:56:01.07 ID:DyduRq4r0日本「ねえ、兄さん?」中華「おう?どうした?」
日本「わたしね、最近随分成長したと思うの」
中華「ああ、そうだな、最初はあんなにちっちゃかったのにな」
日本「でね、私ねそろそろ、私、兄さんと一つになってみようと思うの」
中華「えっ」
日本「だからね、手初めに、李氏朝鮮さんをいただくわね」
李氏朝鮮「えっ」
日本「もちろん、その後、愛する兄さんも美味しくいただいてあげるわ」
日本「あ、痛くなんかしないわ、だって、兄さんは私になるんだもの、ふふふ」
李氏朝鮮「ちょ、ちょいまって、日本さんカンベンして下さいよ」
日本「あ、李氏朝鮮さんも一緒に兄さんに会いに行きましょう?それがいいわ」
李氏朝鮮「いやいやいや、自分、コレでも中華の兄貴には世話になってるんで・・・」
中華「いやいやいや、ホント、お前何言ってんだ?ちょっと怖いんだけど」
日本「怖がらなくていいわ、私が兄さんになった後は、東南アジアまで全部手に入れてあげるから」
李氏朝鮮「いやああああああこないでえええええええ!アニキー!助けてくだせえ!!」
中華「・・・・日本、お前、ちょっと目ぇ覚ました方がいいわ」
1592年 日本国内を平定した豊臣秀吉は、明への侵攻を企てる。世に言う文禄、慶長の役である。
当初、日本軍は破竹の勢いで朝鮮半島を攻め上がり、漢城(現在のソウル)を制圧するが
戦火が平壌に及ぶに至って明が参戦すると、戦況は一気に悪化し
そして、遠征で士気も落ち、補給も滞りがちであった日本軍は秀吉の死去とともに
朝鮮半島から撤兵する。なお、新王朝が設立され、国力が充実すると周辺諸国へ侵攻するというのは
華夷秩序においては当然の事であり、中国の歴代王朝の誰もがやって来た事である。
であるからして、日本の覇王である秀吉が朝鮮出兵を行ったのは
別にトチ狂ったわけではなく、ごく自然な流れだったとも言われている。