アリスはそこで麻薬取引でもするように人目を忍びながら、ルーシーに抱き締めてもらうのだ。
アリスが感じているのは、「スキンハンガー」(肌の温もりへの飢え)という神経学的な現象だ。
スキンハンガーが生じるメカニズムは、人が人との触れ合いを生物学的に必要としているからだ。新生児救急救命室(NICU)に入院中の赤ちゃんを親の裸の胸に乗せるのも、この必要を満たすためである。独房に入れられた囚人の多くが自由と同じくらい人との触れ合いを渇望するようになるのも、同じ理由という。
「肌に触れると皮膚の下にある圧力を感じる“センサー”が刺激され、脳内の迷走神経に信号が送られます」
「迷走神経が活性化すると神経がしずまり、心拍数と血圧が下がってリラックスしていることを示す脳波が出ます。コルチゾールなどのストレスホルモンの値も下がるのです」
人との触れ合いは、ほかにもオキシトシンというホルモンも分泌させる。このホルモンはセックスや出産の最中にも分泌され、互いの絆を強める働きをする。要するに、肌を触れ合わせることは、生物学的にいいことなのだ。スキンシップによって人は心が落ち着き、幸福を感じて、精神的に健康になれる。
「客同士のやりとりを4,000件以上は観察しましたが、少なくとも公共の場では人と人との触れ合いはほぼゼロであることがわかりました。客は98パーセントの時間は携帯電話に触っていたのです」
人と触れ合うとストレスホルモンの一種であるコルチゾールのレヴェルが下がるので、触れ合いは免疫機能にとって有益なのだという。
一方で、コルチゾールのレヴェルが高いと免疫系が弱まってしまう。コルチゾールはウイルスを攻撃する白血球の一種、ナチュラルキラー細胞を減少させるからだ。人と触れ合うとHIV患者やがん患者のナチュラルキラー細胞が増加することが、これまでの研究でわかっているという。